九大応力研 市川 香

九州大学応用力学研究所准教授の 市川香です

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研究内容

沿岸域の海面高度の計測

衛星海面高度計は,海洋上層の海流変動を計測するのに大変効果的な測器で,これまで数多くの外洋の変動を計測してきました (詳しくは,ESA/CNES の Radar Altimetry Tutorial や,NASA/JPLのOcean Surface Topography From Spaceなどをご覧ください)。 しかし,外洋に比べて小さくて速く動く現象が支配的な沿岸域や縁辺海では,これまでの衛星海面高度計は利用できません。 そこで,こういった海域でも海流を総観的に把握するための試みを,いくつか行っています。 CNES-ISROのSARAL/AltiKaの対馬海峡での検証と,GPSによる海面高度の直接計測 インドの宇宙機関ISROがフランスのCNESと共同で打ち上げたSARAL衛星には,沿岸での計測に特化したAltiKa高度計が搭載されています。 この高度計の沿岸域での検証を,海洋レーダや船舶ADCPによる観測が豊富な対馬海峡で行います。 また,対馬海峡を横断するフェリー「ニューかめりあ」にGPSを取り付けて,海面の高さを直接計測することが可能かどうか 検証します。   JAXAの新型海面高度計COMPIRA Config 日本の宇宙機関JAXAが計画中の新型海面高度計ミッションCOMPIRAでは,干渉SARの技術を用いた新型高度計SHIOSAIを,従来の直下型高度計とともに搭載する予定です。 SHIOSAIを使うと,これまで衛星の直下の高度しか計測できなかったものが,両翼80kmづつにわたって,面的に海面高度を計測することができるようになります。 この計測方法のおかげで,小さな現象が卓越する沿岸域・縁辺海でも,細かい構造を逃すことなく観測することができます。 また,同一の個所を10日で最低2回は計測できるようになることから,時間変化が激しい場でも,きちんと変化を追随することが可能になると期待されます。 ただし,実際に計測した海面高度には,潮汐や,鳴門の渦潮で見られるような(海面高度と海流が1対1対応せず,遠心力の効果が効いている)寿命の短い小さな渦などの, 「非地衡流成分」と呼ばれる効果が含まれていると考えられます。これらを分離するためには,上述のGPS実測海面高度などを用いて,こうした非地衡流成分による海面高度の変動特性を, あらかじめ知っておく必要があります。 なお,衛星海面高度計の現状と将来展望に関しては,こちらの「海の研究」の総説論文を ご参照ください。

黒潮上流域の変動と,その影響の評価

台湾北東方の黒潮上流域では,黒潮流軸が変動して,時に陸棚上に乗り上げることが知られています。この時,外洋系の水塊が 東シナ海へと運ばれ,特に亜表層の栄養塩が豊富な水塊が運ばれることで,東シナ海の生物生産に寄与していると考えられています。 こうした変動は,細かい時間・空間分解能で黒潮流軸や流速を計測する必要があります。これを可能にするのが,情報通信研究機構が沖縄の与那国島に設置しているような, 遠距離海洋レーダー です。 九大応力研では,台湾の海洋研究所(Taiwan Ocean Resarch Institute)との国際共同研究によって,彼らが台湾東岸に配置している海洋レーダと合成して, 黒潮を東西両側から観測して全幅を計測するプロジェクトを進行中です(下左図)。 さらに,海面高度計による広域観測と組み合わせると,黒潮上流域の流軸や流速の変動と,外洋の半径数百kmくらいの大きな擾乱(中規模渦)との関連性が見えてきます。下右図は緑点線における黒潮流速と周囲の海面高度との相関係数の分布を示す図ですが, 台湾南東に高気圧性(または低気圧性)の中規模渦が西進してきて黒潮に取り込まれると,黒潮に沿って下流方向に流され,およそ40日後に黒潮流速の増加(または低下)が起きることを示しています。なお,この時に黒潮流軸は南下(または北上)することもわかっています。           詳しい内容は,研究拠点形成,国際・国内共同研究,学際的研究「地球温暖化と急激な経済発展が東アジア域の海洋・大気環境に及ぼす影響の解明」のページをご参照ください

GNSS反射信号を用いた全地球常時観測が拓く新しい宇宙海洋科学

GNSS-R GPSなどの測位衛星群GNSS (Global Navigation Satellite System) は,全地球をカバーして時刻情報を送信しています。海面では一部が反射されるため,これが衛星から直接来る電波と混信すると,衛星と受信機の距離推定を行う上で経路の異なる情報が混在してしまい,「マルチバス」と呼ばれる誤差が生じてしまいます。このため,通常はGNSSの反射波をなるべく受信しないように工夫をしています。 しかし,海面で反射された電波には海面の状態が反映されているため,うまく使えば海洋観測に利用できます。アクティブセンサーでありながらGNSS受信機のみで構成できるので超小型衛星でも構成が可能で,受信機をうまく配置すれば全球を常時観測することができます。 理論的には,GNSS-R (GNSS Reflectometry)によって海面の粗度と海面の高度が計測できます。ただし,通常のリモートセンシングで使われる後方散乱ではなく海面での前方・側方散乱になるため,海面での短波長の波浪に対する感度が高くなると予想され,これまでのマイクロ波リモートセンシングでの知見を流用するのは難しそうです。また,海面の高度はGNSSの測位高度の決定精度を上回ることはないので海面力学高度の決定までは難しいと思いますが,潮汐や津波などの浅水波の決定には使えるように思います。九州大学応用力学研究所では,文科省の宇宙航空科学技術推進委託費(2015-2017)として,マルチコプターやNASAのCYGNSS衛星で受信するGNSS-R信号と海洋現場観測を用いて,GNSS-Rの精度と分解能について検証していきます。 プロジェクトチーム名を,GROWTH (GNSS Reflectometry for Ocean Waves, Tides and Height)と決定しました。NASAのCYGNSS衛星のサイエンスチームに参加しています。CYGNSSのサイエンスチーム一覧はこちら

CNES-EUMETSATの Ocean Surface Topography Science Team 海面高度計プロジェクト

Variations of sea surface height and flow fields in the East Asian marginal seas and the western North Pacific“というタイトルで,北太平洋西部や東シナ海・日本海・オホーツク海などの縁辺海の変動を,衛星海面高度計や同化モデルを使って調べます。 北海道大学・名古屋大学・京都大学・気象研究所・東北区水産研究所・国立天文台・海上保安庁水路部・海洋科学技術センター・リモートセンシング技術センターの研究者との共同国際プロジェクトです。 右図のように,日本周辺には様々な海流が流れています。これらの海流を,衛星海面高度計データと,船舶,海洋レーダ,漂流ブイなどの観測データとを組合せて計測します。 さらに,データ同化によって力学的に整合性のとれた場の再現を試みます。しかも,このプロジェクトでは,黒潮などの水塊の移動によって生じる重力場の変動についても 検討します。

小笠原南東方の「深海のオアシス」探し

2012年7月に,小笠原の南東方で,NHKがダイオウイカの撮影に成功しました。撮影成功まで,およそ10年かかったそうです。しかし,ダイオウイカとの遭遇は偶然に近いもので,ダイオウイカが出現する位置や期間については,まだ解明できていません。 これを解明しようとする中で,JAMSTECの宮澤さんの地球シミュレータを使ったシュミレーション(左図)だと,内部潮汐による鉛直流が,ダイオウイカ出現の海域で特に強く,前後の大潮の期間と比べても格別に強いことがわかりました。小笠原の地形で作られた内部潮汐は,海の中で深部に一定方向にのみ伝播していくため,深さごとに,ごく限られた場所でのみ出現します。 この出現する場所が,ダイオウイカが撮影された場所と一致しており,特定の場所の,特定の時間でのみ,内部潮汐の影響で強い鉛直流が生じていたことがわかりました。 そこで,
  • 中規模渦の接近によって海洋内部の密度成層が変化し,それによって内部潮汐の強度に変化が生じるのか?
  • 内部潮汐の強弱によって,生育条件の良くない深海域の捕食条件等に変化が生じるのか?
  • その結果,局所的に比較的良好な「オアシス」のような海域が生じるのか?
といった内容を,今後もJAMSTECの宮澤さん達と協力して調査していく予定です。なお,JAMSTECでは,小笠原海域のJCOPE-Tの海況予測結果を公表しています。